2010年03月18日

親子って・・・

ワサビミント様

くそばばぁと言われたことぐらいでは
なんとも返事のしようがないです。笑。

息子さんの外部からの連絡に応じなくても
とくにうつとは思いません。

ただ本人が変わろうとしてもがいているのか
何もできずに困っているかでは少し違いますね。

テキストには興味を持ってもらっているのでしょうか?

直接電話で話しても良いのですが
お母様が言ってもまぁ聞かないでしょうから
難しいところですね。


息子さんの良いところを3つあげてください。

それと旦那さんも同じく3つ

そしてご両親のことも考えてみてください。

困っているのは分かります。

少し離れて親子3代のことを想像してみてください。

私は祖父、曾祖父の代まで調べて
両親の苦労と生きざまを理解することが出来ました。

5年介護していた父が先日亡くなった時も
いろいろな話を親類から聞きました。

少し距離を置いて家族というものを見つめてみませんか?

生きているものは必ず親から最初の洗脳を受けます。
親の教えです。

お母様はお父様(旦那さまではなく)にありがとうが言えますか?

試しているのではないのです。

そうして俯瞰して見てみることを大事にしてほしいのです。

辛い時もありますが
人生においてそういう時もあります。

誰にも会いたくないときや
自分ばかりを責めてしまう時
大事な人を亡くした時

そういう時に悩んだりもがいたりしていることを
簡単にうつにしないでくださいね。

病気ではなくそういう時があるということです。

29の時ですが3カ月うつ状態で
朝からビールを飲み
いつ起きていつ寝ているのか分からないまま
テレビのチャンネルを変え泣きじゃくっていました。

その頃の母は仕事を持っていて忙しくしていましたので
そんな私をほっといてくれました。

自分のことでいっぱいだったのでしょう。
そして心の中では相当に心配していてくれたと思います。

ですが特にけんかすることもありませんでした。

係わらないことと無視することは違います。
待っていてくれたのだと思います。

余談ですがその時は
最後に阪神大震災とオウム事件があり
壊れていく日本を見て
こんなことしている場合ではないと
俺はここで何をしているんだと
唯一海外に住んでいる知り合いに電話して
(あの頃はメールもなくFAXですらみんなが持っているものではありませんでした)
イタリアに居るから来ても良いよと返事をもらいました。

一週間後イタリアの小さな海辺の観光町で
夜明けの海を見たとたんに
なんだよこの町の人は毎日これを見ているのかぁ!!
その時に何かが変わりました。

人は変わるときには一瞬なのです。

その気づきに出会う瞬間が有るか無いかです。

その為の準備をするためのテキストなのです。

ちなみにその時に私が叫んだ一言は
今でも仲間たちに言われ笑われます。

「うわぁこれテレビで見たことある〜」


天網恢恢疎にして漏らさず。
見ているお方は見ておられます。

投げた球は返ってくるのです。

時が来る時を待つのは
来る時のための準備なのですよ。

準備を怠る者は
泥船の日本と共に沈むでしょう。

何よりも大事なのは
自分で決めるということです。

日本人は決められないように
訓練させられてきたのです。

そして決めたことの反対のことを
話題にするようになりました。

AとBどっちが良い?
Aかな。(まずここで言い切っていない)

え〜〜〜〜どうしてBじゃないの〜〜?

これが今の日本です。

会話としてどうしようもないです。

そしてそのままBについての会話が始まるのです。


イタリア滞在時代にある劇場に着いたら
全然舞台の上が片付いていませんでした。

前の晩は片付いてきれいな舞台だけど時間がない
時間のないところでどうやって構築していくか
朝までドイツ人と日本人が話し合っていました。

ところが話が違うわけです。

約束が違うとドイツ人が怒り
しばらく論争になった後
イタリア人が言いました。

「だからさ俺が聞きたいことは
今からどうするってことなんだよ」

なるほど。

しぶしぶみんなが動き始めました。

この時しみじみ思いました。

日本とドイツとイタリアは
こういう風に世界に喧嘩を売ったんだなぁ。

勝てないわけです。

お母様が強く忙しくなってください。
そして待ってあげてください。

それが信じるということだと思います。

ではまたです。

posted by ZULU at 02:21| ☀| 質問などに | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。