2011年08月22日

恐れることは何もない@中学時の数学の先生

踊るちゃぶ台レディー様

お久しぶりですねぇ。

忘れずに駆け込み寺に駆け込んでいただき
ありがとうです。

良いですねぇ。
まだ愚痴書けてますよ。

しかも人や世の中のことよりも
自分のマイナスと向き合っている。

今回は言葉から考えて見ませんか?

>生き生きしていない私がいる。

若いときの自信とはまさに生き生きとしています。
つまり自分のことが大基準で
世の中に追いつけ追い越せなんですよね。

何かやり始める前は不安だけど
やり始めたら分かるようになる
そして出来るようになる。

それは根拠のない自信です。

でも根拠がない・・・
それこそが本当の自信なんですね。

説明の出来ない漲(みなぎ)る何か・・・
それが自信です。

だから生き生きしている。
(=という様に見えるor見えてしまう)

ルックスが良いとか
勉強が出来るとか
仕事にそつがないとか

本当の自信は言葉になんか言い表せられないのです。

漲っちゃうものですから・・・

で経験をつんでいくと達観してゆく
そしてもっともっと周りが見えてくるようになります。

その中には
ある種の怖さをも学ぶのですね。

経験値が上がると見えてくるものが多くなります。
つまりアンテナが伸びているんですね。
感度が良くなっている。

その方向が少しずれると
自分との対比が上手く取れなくなります。

なんだか皆のほうが上手くいっている様に見えたり
自分が迷惑をかけているように思ってしまいがちです。

人はそう思い込むとそういうことにしか
目が行かなくなります。

車に興味のある人はどんな車種か目に入りますが
車に興味がない人にはただの箱にしか見えません。

人は興味があるものに惹かれます。

つまり自分のマイナス面を追いかけていると
その関係においてもマイナスしか拾いませんよ。

それなりの経験値が上がれば人は怖くなるものですよ。
若さとは経験がないからアクセルが踏めるんですね。

歳相応に経験をつめばブレーキも学びます。

怖さを知ることはとても大事なことです。

ただ怖くなりすぎてブレーキをふみっぱなしになると
皆の方が走っているように見えてしまいます。

つまり逆に考えれば
自分自身のスキルを上げて
スピードを上げる準備または行動をすることです。

高速道路から一般道に降りると
道行く車がとても遅く感じられます。

今は逆なことが起こっていると思いませんか?
皆のほうが早くて自分は止まっている様に見えてませんか?

周りとの関係を見つめるよりも
自分自身に何がスキルアップ出来るのか
考えてみてください。

生き生きとしている=自信とすれば
飄々としているのは達観だと思います。

恐れることが出来るからこそ
自分自身の勉強を怠らないことだと思います。

元の生き生きに戻るのではなくて
もっと達観した飄々さを身に着けてみませんか?

思い描く言葉を変えるだけで
見えてくるものも違ってくると思います。

目標となる言葉を書き換えてみてください。

人の情感(感情)はふり幅が大きければ大きいほど
もっと大きな喜びに出会えますよ。

今は学ぶときです。

あの時に戻るのではなくて
経験を経てもっと見えるものが多くなり
それをもっていろいろな人に関われるようになる。

「もう一度」ではなく
「もっと成長した自分」を探してみてください。

目に入ってくるものが
少しずつ変わってくるはずです。

私は写真日記を付けるようになって
街中にある不思議なものばかり
目に付くようになりました。笑。

視点を変えると
いろいろな新しいものが見えてきますよ。

話は違いますが
中学生のときの数学の先生が
受験が大事な3年生のときの最初の授業で
「恐れることは何もない」
まず最初にノートに書きなさい!!
全員ちゃんと書くのですよ!!

なんだか不思議に今でも覚えています。

何か生徒に事があると
「行きますよ〜」と笑みを浮かべながら
大きな三角定規をゴンっと頭に落とす先生でした。

今なら体罰やら問題なのでしょうが
なんだか大らかな時代でしたね。

今はいろいろと難しい時代です。

でも自分自身を見つめているときなんです。
大事に大事に。

紙と鉛筆を用意して
「恐れるものなど何もない」
そう書いてどこかに張ってみてください。

ではまたです。



posted by ZULU at 15:23| 神奈川 ☁| 質問などに | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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