2010年07月09日

歩き方と寝方を正していく

トロントウサギ様

腰痛は歩き方と寝方で克服できます。

私も20代に事故にあって以来
しびれがずっと続くほどの重症でしたが
自力で治しました。

基本は毎日する体操と
歩き方です。

今は痛い時だと思うので
海老のように胎児のように丸くなって寝るのが良いのですが
少しづつ痛みが和らいできたら
仰向けに寝るのが一番です。

そして骨盤を立てて歩く。

骨盤はバケツだと思って
まっすぐにフラットになるように
床に寝たときに
お尻の上あたり(へその反対の背中の辺り)
これを床にピタリと付けるようにします。

すると自然に膝が浮きます。

この浮いた膝を少しずつゆっくりと
足元に向けて伸ばしていきます。

そして背中(背骨)も頭の方向へ
ゆっくりと丁寧に伸ばしていく。

とにかく歪みを上と下に逃がしてやるのです。

これで身長が2〜3cm伸びます。
前後はこれでOK。

その後で「ゆるゆる」と波を伝えてください。

ゴロゴロと揺らすのではなく
上から見て波の波形が揺れるように
身体を揺らしてみてください。

身体をほぐしてユルユルとする。
これで左右が調整出来ます。

腰が痛い時は立たずに
床で調整すると良いです。

生き物は重力との戦いなのです。

しばらくは出来るだけ
重力を意識してください。

疲れたら休むのが基本です。

無理しない。

全てを床でやり
そしてその形を意識出来たら
そのままの形でまっすぐに立つ
そして出来るだけ崩さずに歩く。

頭を揺らさないで
足をまっすぐに前に出す。

身体の芯を揺らさずに歩くのがコツです。

脳みそを月に向かって
突き出すように歩くのがイメージです。

もしくは月からの糸が
頭のてっぺんに付いているような感じです。

操り人形をイメージして歩いてください。

とにかく今は無理をしないことです。

それとうつ伏せでは絶対に寝ないこと。
肺を下にして寝ると呼吸が浅くなります。
そして何よりも
足を変な曲げ方にしないと
うつ伏せでは寝れないのです。
身体は必ず曲がります。

そして歪んだまま歩けば
重心がずれます。

腰痛は一気には治りません。
ですが少しずつ正しい方向に向けて
治していけば自然に元に戻っていきます。

最初は正しいところに戻して行くです。

慌てず忘れず少しずつ
試してみてください。

ではまたです。

posted by ZULU at 15:24| 神奈川 ☁| カラダカラ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月13日

見えない壁

ニチニチ草様
(勝手に名前を付けています。何かご希望が有れば教えてください)

ご連絡ありがとうございます。

お医者様は否定はしません。

私のアプローチは全然別な視点から提案しています。

身体のこと
言葉のこと
間違った行動様式

今の日本は様々な複合的な理由で
人同士が傷つけあっている気がします。

希望が見えない中で
相手に理由を図ろうとする。

まずは自分で決めることが大事なのだと思います。

答えはいくつもあります。

一つの事実も
様々な解釈によって成り立ちます。

小さくてもご自分で良いと判断されたことは
とても大事なことです。

カミングアウトも同じです。

カミングアウトが大事なのではなくて
そうご自分で決めて行動したということが大事です。

必ず自分で自分を褒めてあげてください。

あなたがしたことは
あなたしか知りません。

大事にしてください。

ではまたです。

posted by ZULU at 15:51| 🌁| カラダカラ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月16日

日本を捨てて日本人になろう

10日ほど忙しくてPCに触れませんでした。

5年介護していた父が先日亡くなり
母と共に両親の故郷である熊本へ。

葬式でも親類縁者に10~20年ぶりに会い
いろいろな話を聞きました。

戦争という傷を受けた日本人が
どういう教育を受けて
どういう風に育ち
そして子育てをしてきたのか

この国というのは
本当におかしくなってしまったなぁ
そう思うことが多くなりました。

どれだけの洗脳が日本に入り込み
そして日本人の脳みそをいじってきたのか?

戦争の傷跡の欠片が
今の時代に降り注ぎ
子供を打ち食らわし
その子供が親を打ち食らわす。

育てられない上司が部下に甘え
自分で歩けない部下は何も決められない。

小さな欠片の言葉で人が傷つけ合う。

40年代以降に人は身体を冷やし
腸をいじめてきた。

分かった者から身体を温め
気持ちの良い言葉を大事にしませんか?

知らない人からの甘えた攻撃は
避けて通らねばなりません。

日本語は本当に繊細な言葉達です。

漢字、ひらがなカタカナ、ローマ字
こんなに覚えなければいけない言語は
世界を見ても類がありません。

その分とても繊細なんです。

そして脳みそは日本語で出来ている
感じているのは身体の方なんです。

身体をいじめてはいけないし
身体を放り投げてもいけない。

言葉と身体を大事にすること。

自分自身を慮ることが
相手を慮ることになる。

大切に
大切に。

休む時は休んで良いのです。
人生の夏休みを楽しみませんか?

少しずつ
身体のこと
心のこと
脳のこと
腸のこと
言葉のこと
戦争のこと
いろいろなことを
調べてみませんか?

知ることを知る楽しみを
書いていきたいと思っています。

いつでもメールくださいね。

それではまた。




知らないことがあるということ
出来ると信じること
確かめてみること
やりつづけること

卵を立ててみて下さい。

立たない卵はありませんよ。

昔に4時間かけて立てたことがあるけど・・・笑



posted by ZULU at 19:33| ☀| カラダカラ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月15日

1円と60兆円と・・・

エアロバイク様

ご返事遅くなりました。

私も介護で随分と休職しておりました。
1年半ですよ・・・
そして働きながらまだ介護しています。

人生において止まる時間の悔しさと不安はよく分かります。

ですがそれを乗り越えた後の
生きる意味を持てた時に
実は本当の何かが始まるのだと思います。

「言葉遊び」それがうまくいかないときは
まず止めましょう。

やれないときにはやらない。

これは基本です。

さて想像力も思考力も欠如していると書いてありますが
どちらも欠如しないです。

プラスに行かないというだけで
欠如ではないのです。

こういうときは何もしない。

何もしないということはつらいですが
何もしないということも一つの行動です。

ただただ耐えてください。

ゆっくりと休めないですけど
耐えてください。

いつまで続くのか分からない恐怖は
ぬぐえませんが耐えてください。

そうして何もしていないと
蜘蛛の糸が下りてきます。

今の状態は山伏の荒行みたいなことです。
そしてそれを身体は選んだのです。

なんで怪我したのか?

それは身体が望んだのです。

生命体としての細胞は自らの死を選びません。

ではなぜ死ぬのか?
それが寿命ということです。

全うするのは生まれたときに望んだことなのです。

何百何千という精子が一つの卵を目指して
泳いでたどり着いて合体して
たった一つの細胞から60,000,000,000,000まで増えて今があります。

それだけでものすごい確率の奇跡なのです。

そしてそのことを大事に出来ない人が増えたのは
戦後の教育なのです。

生きることを信じることは
自分を信じることです。

自分の国の王様になってください。

あるお芝居のせりふを送ります。

「僕は僕の王様になるよ」

信じること
待つこと
どんな物語にも過酷な時はあるでしょう?

うつとはそんな時のことです。

そして何よりも経験した人間にしか分からないし
抜け出したときにステップアップを自覚できます。

泣きごとでもいいので
なんでも書いてください。

必ずご返事します。

ではまたです。

最後までありがとう。

posted by ZULU at 20:43| ☔| カラダカラ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月02日

うつと薬と

子供のころにひどいぜんそく持ちであった。

かなりきつい薬を飲まねばならず
そのおかげで発作は軽くなっても
ずいぶんと副作用に悩まされた。

何かと引き換える・・・
そういう気分である。

手の震え
心臓のドキドキ
不眠

クタクタになるまで発作と戦い
気が付いたら少しだけ眠れていた。

うつに捕まった時に薬に行かなかったのは
この時の経験が大きい。

うつになると生活がままならなくなることや
自殺など考えたりするので
早めに医者に行けという。

心の風邪ともいわれる。

しかしうつの原因たるものは
何も分かってはいない。

風邪のようにウィルスとワクチンというわけにはいかないのだ。

医者に行けというのは
しかるべき対処をしようということであり
薬を飲めということではないはずである。

しかし人は薬に頼ってしまう。

個人的な話だが
一時期親父の介護に疲れた母親が
老人性の不安を起こし不眠になって
言動がおかしかったことがある。

さすがにこれはだめだと
精神科を回ったが
1件目はまともに話すら聞かずに
初診10分で薬を処方した。

不安になって別な医者に行くと
アルツハイマーですねと言われ
いよいよ来たかと介護のプロに相談すると
普段の症状は違うから
しかも不安症とアルツハイマーでは
薬の処方が全く逆だから
もう少し様子を見たほうがよいと言われた。

3軒目にしてゆっくりと話を聞いてくれる
安心できる医者に出会った。

薬は出来るだけ飲まないように
不安な時だけ安定剤を飲んでみてくださいと
話をゆっくりと聞いてくれた最後に言われ
そうして話を聞いてもらえたことで
数日安定剤を飲んで見事に元に戻った。

あのお薬はいやだね・・・
飲んだ次の日はボーとしてなんもできんのよ。

芸術仲間にもうつは沢山いる。
生きることに向き合う仕事だし
刺激を求めているから
ひっくり返るとうつになりやすいのだろう。

うつを克服した連中には
薬を飲まずに治した奴もいれば
飲んで治した奴もいる。

しかし共通して彼らが言うことは
あれは人生においては必要な時間だったね。

ただ薬はやばいよね。

一人で悩むのはよくないことである。
大体にしてそんな時は良くないことしか思い浮かばない。

早めに対処したほうがよいというのは
そういう意味であり
医者なりカウンセリングなり
誰かに相談するのは必要なことだと思う。

ただ薬を飲めば治ると思うのは
それこそうつというものを誤解してしまう。

自分に合った方法にどう出会うのか?
それが一番大事なことなのだと思う。

一人で解決付かないことは
どうしても誰かの手を借りるしかない。

どの相手にするのか?
それだけは自分で決めるしかないのだ。

信じる人に出会えたときに
何かが変わり扉が開くのだ。

薬は人ではない。


上る山は同じでも
上る方法やルートはそれぞれに違うのだ。

心の痛みには心から触らない。
身体に聞いてみるのが一番なのだ。

そして何よりも「知る」ということ。
自分で目隠しをしてしまっていては
見えるものも見えなくなってしまう。


薬は人ではない。


人の痛みは人との出会いでしか
癒されないものだと思う。


著作:「笑顔がみたい〜メンタルトリニティー」
http://m.smile-map.com/



posted by ZULU at 06:00| Comment(0) | カラダカラ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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